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展示

きらめきほとばしる才能——陳植棋の生涯

更新日:
2019-08-18

会期:2019年6月29日(日)~2019年9月1日(日).毎週月曜日休館

開館時間:10:00~17:00(入場は閉館の30分前まで)

会場:二二八国家紀念館 二階南翼/台北市中正区南海路54号

後援/内政部

主催/二二八事件紀念基金会、二二八国家紀念館

協力/陳子智、葉思芬、李欽賢、邱函妮、鈴木恵可、顔娟英、倪侯德、倪伯群、李宗哲、財団法人李石樵美術館基金会、財団法人陳澄波文化基金会、財団法人楊三郎文教基金会、財団法人蒋渭水文化基金会

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 権威主義から民主主義への移行は、台湾の多くの民主主義運動の先人が自由を犠牲にし、ひいては命に替えて勝ち取ったものです。

 1980年代から台湾で初めて政権交代が行われる2000年までのこの20年弱の間、台湾では街頭運動が沸き起こりました。参加者の多くは一般市民で、民主主義や自由、正義を追い求め、我が身を顧みずに民主化改革運動に身を投じ、独裁・権威主義体制に勇敢に立ち向かいました。警備総司令部や情報機関職員から脅されたり、警察と市民が対峙する街頭でバリケードに阻まれ、強力な放水で追いやられたり、はたまたデモを鎮圧しようとする警察から殴られ、頭から血を流して入院することになったとしても依然として恐れることなく、胸を張って前に進んでいきました。これらの情熱的で勇敢な、そして無私の心を持つ「名もなきヒーロー」が台湾の民主化のパズルを完成させたのです。

 あの荒れ狂っていた街頭運動の時代、ほぼ全ての活動に参加して積極的に応援し、並外れた勇気を見せた台湾人が老若男女問わずいました。街頭デモではいたるところに彼らの姿がありました。特別展では彰化平野の人物を例とし、街頭運動の現場写真や口頭インタビュー、関連の出版物を展示します。彰化人はかねてから伝統に逆らい、不正に対して勇敢に立ち向かっていました。日本統治時代の八卦山の戦い(1895年)、二林事件(1924~25年)から第2次世界大戦後の二・二八事件(1947年)まで、いずれにおいても彰化人の参加の形跡を見て取ることができます。戒厳令解除前の彰化鹿港反デュポン運動(1986年)では、鹿港の住民は勇敢にも当局に立ち向かい、環境保護署の設立を間接的に後押ししました。「二二八和平日促進会」のデモ隊が彰化にやって来た際には(1987年)、勇敢な彰化の住民は応援に駆け付け、無情にも警棒で殴られ、散々な目に遭いました。政権交代後、街頭運動に参加していた人々はもとの仕事の持ち場に戻りました。事業で成功を収めた人もいれば、子孫に恵まれ、安らかな余生を過ごした人もいた一方で、病気や衰えに直面し、この世を去った人、生涯独身で孤独に老人ホームに入った人もいます。しかし、彼らが民主化運動に身を捧げた命の物語は、いずれも伝え継いでいくに値するものです。

 

本特別展では「こぶし」と金網の要素を取り入れ、かつての街頭運動で丸腰の人々が「こぶし」で「鎮暴警察」(デモ対応警察)の盾や警棒、バリケードに対抗した勇気を表現しました。彼らは理想に燃え、けっして怯みませんでした。また、作曲家の劉学軒が1987~2000年にかけて台湾で起こった重要な運動の記録写真に合わせて制作した「無名英雄交響曲」(名もなきヒーローの交響曲)を初披露します。同曲を通じ、台湾の民主化の道のりにいた数百万の「名もなきヒーロー」たちに敬意を表します。

オンライン企画展:https://www.228.org.tw/exhibition.php?sn=4&lang=jp
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