二二八芸術文化関連展示
あの日・あの日の後:陳武鎮二二八関連芸術創作展

 發佈日期:2020-10-09

会期:2020年10月10日(日)~2021年1月10日(日).毎週月曜日休館
開館時間:10:00~17:00(入場は閉館の30分前まで)
会場:二二八国家紀念館 二階南翼/台北市中正区南海路54号
後援:內政部
主催:二二八事件紀念基金会、二二八国家紀念館

あの日、彼は駅前で、市民の目の前で、公開処刑された。

あの日、彼は家から警官に連行され、二度と戻ってこなかった。

あの日、彼は港で射殺され、血まみれで倒れ、少しも動かなかった。

あの日の後、兄は太陽が沈むのを待って、弟の遺体を家に連れて帰ってきた。

あの日の後、家は何度もめちゃくちゃにされ、私たちは怖くて隅に隠れた。

あの日の後、母は女手一つで私たち子供2人を育て、しょっちゅう夜中にこっそりと涙を流していた。

二二八事件で亡くなったり行方不明となった受難者は、その多くが射殺されて命を落としました。行政長官公署前での抗争で機関銃掃射の銃弾が当たって死亡したり、基隆港付近で無差別に大虐殺されたり、嘉義駅前では多くの嘉義市民の目の前で公開処刑されたりしました。引き金が引かれ発砲された瞬間、全ては漆黒の暗闇となりました。受難者の家族たちは痛みをだまって飲み込み、心の奥底にしまい込みました。そして、日々を無事に過ごしていけるよう、写真や資料を燃やし、受難者が存在していたという事実を消し去りました。受難者がいたという事実と身を切り裂くような痛みを抱えながら、家の中で声を押し殺し、黙って記憶の中にしまい込み、時が経ち光が差し込むその日を待つしかありませんでした。

陳武鎮は1949年、屏東県の萬巒郷で生まれました。それは権威主義統治下の戒厳令がしかれた時代でした。1969年に高雄・左営の海軍新兵訓練中心で兵役に就き、適性検査の回答用紙に「反中央反対国民党」の8文字を書いたことで「叛乱罪」に問われて軍事法廷に送られ、「懲治叛乱条例第7条」に違反したとして懲役2年を言い渡されました。控訴を諦め、台東の泰源感訓監獄に収容されました。政治犯となって囚禁され、家族が政治的抑圧を受けて精神的にも心理的にも傷を負ったことが、陳を、苦難を絵筆で記録し、彫刻刀で刻むことで、台湾人に「二・二八事件と白色テロに踏みにじられた台湾の歴史を忘れるな」と訴える行為に駆り立てました。

2017年、二二八国家紀念館は陳武鎮氏と共同で「風中的名字(風の中の名前)」油絵展を開催しました。そして2020年、再び陳氏を招き「あの日・あの日の後:陳武鎮二二八関連芸術創作展」を開催します。「虐殺」シリーズの木彫作品10点および「家族」シリーズの油絵作品18点を展示し、二・二八事件で受難者が射殺された瞬間と遺族のその後の苦しみについて掘り下げていきます。あの日、あの日の後、それは私たち台湾の歴史の永遠の痛みなのです。


陳武鎮 略歴
  • 1949 屏東県萬巒郷佳和村に生まれる
  • 1969 台南師範学院専科学校美労組(現在の視覚芸術コース)卒業。9月、左営海軍新兵訓練中心に入隊。適性検査の回答用紙に「反中央反対国民党」の8文字を書いたことで「叛乱罪」に問われ、軍事法廷に送られる
  • 1970 懲治叛乱条例第7条違反で懲役2年の判決を受ける。控訴を諦め、台東泰源感訓監獄に収監される
  • 1971 出所後、高雄の英語書店の店員に。その後、板橋の進学予備校で教務を担当
  • 1973 台南社教館で個展を開催
  • 1980 成功大学夜間部電機学科卒業
  • 1986 台南県立文化センターで個展を開催
  • 1988 国立編訳館小学校美術教育指導手引の編集審査委員
  • 2004 台南県新栄小学校美術教師を退職、創作活動に専念
  • 2007 3月、油絵作品「模擬巨悪シリーズ」10点を総統府で展示
    4月、行政院文化建設委員会が『夢回泰源:陳武鎮油絵集』を出版
    12月、油絵作品「政治犯シリーズ」、「虛擬巨悪シリーズ」計24点を景美人権園区で展示
  • 2008 1月、油絵作品「虚擬巨悪シリーズ」を台湾民主紀念館((現、中正紀念堂))で展示
    2月、台南県政府が陳武鎮油絵集『虛擬巨悪』を出版
  • 2010 通芸国際有限公司が、陳武鎮油絵集『風中的名字』、『山』、『判決書』の3冊を出版
    5月~10月、緑島人権園区で「風中的名字」特別展を開催
    12月、油絵作品「判決書シリーズ」4点を景美人権園区で展示
  • 2012 3月、高雄市文化センターで「虚擬巨悪」油絵の個展を開催
    12月、国家人権博物館準備処が陳武鎮画集『消失的家人』、『爪與牙』、『刑求』を出版
  • 2013 7月、国家人権博物館準備処景美園区で「脚踝上的勳章」油絵展を開催
  • 2014 5月、設計を手掛けた「泰源事件」紀念碑が落成。南投・草屯の台湾聖山園区に設置
  • 2015 4月、台南市総爺芸術文化センター紅楼で陳武鎮、黄明鐘、Viktor Luisによる木彫グループ展「用頭想」を開催
  • 2016 3月、国家文化芸術基金会の補助金を受けた陳栄顕監督によるドキュメンタリー「自由画師──陳武鎮」が完成。嘉義国際芸術ドキュメンタリー映画祭に招待される
    8月、高雄市塩旅社で劉辰旦、陳武鎮人権芸術創作展「域外之境」を開催
  • 2017 1月、二二八国家紀念館で「風中的名字」油絵展を開催
    2月、台南市呉園公会堂で「判決書」油絵木彫展を開催
    5月、緑島人権園区で「從虚擬巨悪到判決書」木彫展を開催
    11月、台南市呉園公会堂で「那一場雪」油絵木彫展を開催、「那一場雪」陳武鎮作品集(2012-2014)を出版
  • 2019 7月、玉山出版社が陳武鎮・陳玉珠夫妻油絵作品集『漁港好日』を出版
  • 2020 10月、二二八国家紀念館「あの日・あの日の後」二二八関連芸術創作展を開催

虐殺シリーズ
ジャンル:木彫り
制作年:2017

虐殺シリーズは、二・二八事件で一般市民が銃撃を受けて倒れた瞬間を表現しています。

日本が台湾を植民地統治していた50年で、台湾人は日本の官僚の厳しさと身をもって模範となり法を遵守するという姿に慣れてしまっていました。日本の敗戦後、台湾人が迎え入れたのは、日本人とは全く異なる様子の国民党の軍隊と官僚でした。軍隊の紀律は乱れており、官僚も無能で強欲で身勝手でした。

このような文化の違いから、衝突は避けられないものとなりました。そして、自分は何も悪いことをしていないと思っていた単純な台湾人の名士たちは、騙され捕まえられ公衆の面前で射殺されました。国民党の軍隊は市街地で掃射を行い、罪なき通行人や野次馬の市民、懸命に秩序を守ろうとしていた学生たちが虐殺されました。


虐殺 No.1

ブナ/橅|2017|62cm×72cm×38cm


虐殺 No.2

ブナ/橅|2017|62cm×72cm×38cm


虐殺 No.5

ブナ/橅|2017|62cm×72cm×38cm


虐殺 No.6

ブナ/橅|2017|62cm×72cm×38cm


虐殺 No.7

ブナ/橅|2017|62cm×72cm×38cm


虐殺 No.10

ブナ/橅|2017|62cm×72cm×38cm


虐殺 No.15

ブナ/橅|2017|62cm×72cm×38cm


虐殺 No.17

ブナ/橅|2017|62cm×72cm×38cm


虐殺 No.23

ブナ/橅|2017|62cm×72cm×38cm


虐殺 No.25

ブナ/橅|2017|62cm×72cm×38cm


家族シリーズ
ジャンル:油絵
制作年:2014

囚禁された政治犯一人一人に、柱を失った家族がいます。家族は、たびたび刑務所に面会に足を運ぶ一方で、家族全員が監視と弾圧の対象となり、政治犯が家族にいることが大きな負担となりました。暗い獄中にいる政治犯が家族には何の助けにもならず、食べては寝ることしかできないという生活を送る中、両親や妻、子供たちは伝染病にかかったかのように、当局からは絶え間なく弾圧され、わずかな同情と恐れが混じった社会からの差別に毎日のように向き合うこととなりました。このように耐え難い状況の中では、日々過ごしていくだけでも極めて大きな気力が必要でした。このため、突然の喪失感とストレスに耐え切れず、心に異常をきたした政治犯の家族も少なくありません。

このシリーズの絵画で用いられているのは、白色で地塗りがされていないキャンバスです。そこに、単色をペインティングナイフでスクラッチして描くことで、こうした外的状況に向き合う家族のやりきれなさと絶望を表現しています。


家族02
汽車が通り過ぎる時

油彩.粗い布綿|2014|112×145cm


家族05
どうやって生きていけばいいのか

油彩.粗い布綿|2014|145×112cm


家族07
クローゼットの中の遺影

油彩.粗い布綿|2014|112×145cm


家族08
やつらが捕まえに来た

油彩.粗い布綿|2014|112×145cm


家族11
晩年認知症になっても唯一覚えていた身分証

油彩.粗い布綿|2014|145×112cm


家族12
母は兄の本を全部燃やした

油彩.粗い布綿|2014|112×145cm


家族13
発狂する以外に何もできない

油彩.粗い布綿|2014|112×145cm